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童夢

Dohme  大友を一言で言いあらわすことは、とてもできない。

 大友 克洋(おおとも かつひろ、1954年4月14日 - )漫画家、アニメ映画監督。宮城県出身。1973年『漫画アクション』にてデビュー。均質な細線で緻密に描かれた背景画に、決して美形と言えない等身大の主人公たち。それまでのデフォルメ劇画の域を逸脱したコマ割りと構成力。1979年、初の単行本となる自選作品集『ショートピース』で、戦後生まれの能天気な青春を切なく描ききった、この同世代の異色の漫画家は、あっと言う間に漫画界を去り、アニメ映画監督の世界に飛び込んでしまった。

 2007年の実写映画『蟲師』で他人の原作漫画を、オダギリジョー主役で監督したのには驚いた。前作『スチームボーイ』もメジャーな放映権を獲得できず、アニメ界でもカリスマ化されたゆえの異端児が、すこし壁を感じているのかもしれない。ただ青年期を映画漬けで過ごした経験から、彼が実写映画に魅力を感じるのは当然の成り行きでもある。

 フランスの漫画界にジャン・ジロー(Jean Giraud、1938年5月8日 - )というアニメ界でも有名な人がいるのを最近になって知った。

 宮﨑 駿(みやざき はやお、1941年1月5日 - )との交友もあるらしい。ペンネーム:メビウス (Moebius)その人の影響は、現在の若き漫画家たちにも多大にあるようだ。『ピンポン』の松本大洋あたりの筆致はまさにメビウスそのものである。 大友自身もファンであることを明言し、逆にメビウスからは大友の『さよならにっぽん』に賛辞を寄せている。

 大友の映画界での歩みを見るに付け、メビウスを志していることを痛切に感じる。残念なのは今、世界を席巻している日本アニメ・オタク系とは完全に一線を引いた彼の作風が、あくまで芸術的な短編アニメのモードでしか理解を得られないことだ。代わりに作品「AKIRA」は一人歩きをはじめ、ハリウッドで映画化などと野卑な扱いを受けつつある。

 経歴を見ると歴然とするのだが、大友は独学の漫画家である。当時は当たり前のことなのに、近年の作家たちは明らかに著名な美術系の大学を出た基礎のしっかりした人が多いようだ。それは商ベースとしての漫画が社会的に受け入れられた証しには違いない。でも一抹の寂しさも感じるのは、僕らの時代の漫画はひとつの自己表現の手段であり、あきらかに文筆業の延長でもあったと思うからだ。

 ギター片手に歌を唄うように、筆一本、墨十一滴で世界観を表わすことに魅力を感じた世代があったのだ。 
 大友は今でも、そんな一面アウトローな時代を引き摺っている数少ない作家だと信じている。彼の画に何らかの批判精神があるのは明らかなのだ。
 

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