« ヴィヴィッド・テクノロジー | Main | ホーン・マン »

広島の暑い夏

Pmuseum22  8月6日が来るたびに毎年、さまざまな想いで本格的な夏を迎える習慣が付いてしまった。

 広島に生まれた者の背負わなくては為らない何かを感じ始めたのは何時からだろうか?

 若い頃は原水禁の平和行進にシュプレヒコールが毎年鬱陶しく思えて、折角の特別休日には海へ山へと街を逃げ出した。他県から友人が訪ねてくれば案内はした記念館も、普段は鳩の糞公害の温床と忌み嫌って近寄りもしなかった。

 普段の平日の平和公園は賭け将棋や囲碁のオヤジ達の溜まり場で、デートスポットでは有り得ない。お昼に近くのOLが、コンビニ弁当を広げるのは微笑ましくあるが、公衆便所の木陰には浮浪者のダンボールが積まれてある。

 今年の記念式典は、オバマさんの核廃絶宣言のお陰で千客万来の様相。朝8時から始まる放送で、献花が長引いて借り出された市の職員さんが慌ててる様子が映っていた。ここのところ国際の場に露出気味の秋葉広島市長も、10年前に比べて髪が薄くなり微妙な色に染めてるのが侘しい。

 知り合いのM女史は、今年も列席しているのだろうか。例年は陽炎立つ程の炎天下の式場に、苦行を強いられているようだと苦笑いの彼女も、今年のうす曇の垂れ込めた蒸し暑さに何を思うだろうか。

 亡くなってもう十数年になる親父の誕生日も、明治生まれの本人に了解もなく8月6日。ついつい齢を数えてしまう。終戦の数年前には、爆震地の中ノ島近くで総菜屋を営んでいたという我が家族も紙一重の震災者だったかもしれない。

 原爆の記憶を持った親戚も、指折り数えるほどの数も残っていない。僕らに残っているのは、なかば物見遊山で能美島から本土の親戚の安否を確かめに船に乗って市内に出た親父が、数ヶ月は語る言葉も持たずに早々に帰省したと言う事実だけだった。

|

« ヴィヴィッド・テクノロジー | Main | ホーン・マン »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 広島の暑い夏:

« ヴィヴィッド・テクノロジー | Main | ホーン・マン »