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青ひげ

Aohige 青ひげ
カート・ヴォネガット/著 浅倉久志/訳   
早川書房

 カート・ヴォネガットおじさんが亡くなった。今年の4月の出来事だ。享年84歳、若すぎる死なのかもしれない。シニカルと諧謔の天才。日本の若き文壇に与えた影響も少なからず、寡作だが存在感のある作家だった。老年期になって社会派の文学を標榜し、広島原爆にも造詣のあった愛すべきおじさん、ヴォネガット・Jr。本人は多分嫌がるだろうけど、長年の労苦にお疲れ様と、やっと天国の宗教者たちと対等に会話できることにおめでとう。そして、安らかに! ってとこか?

 青ひげ(Bluebeard)は1987年の作品。20年前とは言え、彼にとっては最後から数作目の晩年の傑作。主人公=ラボー・カラベキアンは、アルメニア紛争での虐殺から逃げてきた移民2世。靴職人の息子が、画家として大成?する激動の人生の物語。2度目の結婚で富豪の財産と家屋を相続したカラベキアン老人が、使用人や永年の友人そして、突然の乱入者=女性作家に揺り起こされる内に、自らの半生と秘密を開示する。
 ヴォネガット自身の戦争体験のドレスデン大空襲を想像させる悲惨な出来事を、抽象絵画に封じた孤高で不遇の画家に託したのか? 行間のため息ごとに、ホロっと泣かせます。

 戦争を知らない戦後世代のしかも高度成長期のウハウハ=アメリカ文化万歳ジュニアとして、語る術は持たないけど、戦争を食い物に繁栄を育んできたアメリカと言う国の禍根は、こうした多国籍移民の捨石の礎の上にこそあったのだと感慨深いのです。

 デッドアイディック(Deadeye Dick)1982年作も読んで、これで長編ものは読破したことになりますが、小難しい作風に練り回されたプロットなので、やっぱ再読必見の作家でもあります。
 薬剤師=ルディ・ウォールツは少年時に、親父の拳銃で妊婦を誤って殺してしまいデッドアイ・ディック=必殺射撃野郎という汚名を背負ったまま、平凡な半生をおくる。しかも家族は疎遠にして不遇、知人も友人も皆、現在に病んでいる。物語の結末でミッドランド・シティは中性子爆弾の犠牲へと傾倒してゆくという暗くて救いようのないお話。章の頭にルディ考案のお試しレシピが紹介される。ユーモアたっぷりの味付けはこの本でも変わらない。

 ヴォネガットが亡くなったかと思うと、こんな暗澹たる物語も希望の兆しのように感じられてくる。物語の軽妙な語り口に相反して、このヒトは人生において無闇に腕を振り回して反骨を貫いたヒトなんだと感心する。日本で言うと坂口安吾みたいな、無頼派で破滅型の作家だったんだろう。でも老年には秘して淡々と戦後を語る術を身に着けた天才でもありました。
 お勧め度:翻訳家=浅倉久志さんもサゾヤ寂しいことでしょうに星4っつ。

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密やかな結晶

Hisoyaka 密やかな結晶
小川洋子著 講談社文庫

 ここん処これはと言う読書に恵まれない。そんな時期にはちょっと風変わりな小説に出会うことが良くある。最近よく耳にすることの多くなった作家=小川洋子この作品は、ジャンルで言うと何? 私小説と幻想小説を往き来するような、しかも不条理な救われない世界を淡々と語る異化の世界のお話。いわゆる「消化器官に悪い」小説でもあります。

 彼女を一躍著名にした本屋大賞を受賞作=『博士の愛した数式』。映画化が拍車をかけ、今や日本の文壇の顔として活躍中。確かに記憶に残る(多少無理は在るけど)佳品であります。でも作風としては、「博士…」は珍しく「救われるお話」に傾いてたんだ思うほど、このヒトの文章は実のところ、陰に沈んだ印象が強烈だ。
 希代の女流作家でいうと、金井美恵子あたりの抽象化された詩歌のような世界観の継承者というジャンルだったりするんでしょう。

 小川洋子(おがわ ようこ)1962年3月30日 岡山県岡山市出身。早稲田大学第一文学部文芸科卒業。1988年 『揚羽蝶が壊れる時』で海燕新人文学賞受賞。1991年 『妊娠カレンダー』で芥川龍之介賞受賞。2006年 『ミーナの行進』で谷崎潤一郎賞受賞。兵庫県芦屋市在住。すげぇ、受賞歴! あとは直木賞ですか。
 どこか宗教臭がするなと感じたら、敬虔な金光教の信者だと公言していました。なかなかこの時代に自身の宗教的傾向を主張するあたり、強靭な心臓の持ち主と尊敬します。

 アンネ・フランクに共鳴し、半生をその当時の研究に充てた経緯もあったとかで、この「密やかな結晶」では、秘密警察に追われる編集者を隠し部屋に匿います。舞台は他の世界から隔離された「島」という狭い領域。とは言っても一般的な市街地並みの施設や文化人が住んでいる、いわばアウシュビッツ・ワールド。「記憶狩り」と称して反政府組織を摘発、連れ去って行く黒尽くめのロボットみたいな秘密警察。突然はじまる全島民の集団記憶喪失(消失?)は、一種の運命と諦観で悲壮感がないのが不可思議の積み重ね。

 主人公は両親を無くして天涯孤独の少女、と言っても20歳は過ぎてるか? 親の残した海辺の家で小説を書いて過ごしている。小説の理解者=編集者の名はR氏。このヒトの登場人物の命名は独特。ちょっとカミュしているし、P・オースターの愛読者と言うのも納得。次々と連行される両親の知人や近所の家族。記憶を保存しなければならないと解くR氏をついに匿うこととなる。幼少時のばあやのご主人=元フェリー整備士のおじいさんの献身的な協力に支えられて、彼女は身をとしてR氏を守り続けて……最後は辛い、辛いFIN。

 高尚で格式高い会話も秀逸。作中作の彼女の小説の世界も異様でハンニバル? なんかアブノーマルな世界への入り口みたいな実際、うつ状態のときには読みたくない小説でした。

お勧め度:たまに悪夢を見て寝汗を掻くが、怖いもの観たさにまた同じ夢を希望する妙な性癖の貴女に、星4っつ。

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