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500万で家をつくろうと思った。

500017500万で家をつくろうと思った。
鈴木隆之・藤井誠二 共著
株式会社アートン発行 1,500円+消費税

東京激安的住宅」と銘打った1件のローコスト住宅の顛末記です。
設計者:鈴木隆之は同姓同音名の有名な建築家とは別人物であるが、建築家としての素性も京大卒のうえに原広司のアトリエ・ファイを出ている優良児だし、なんと言っても群像新人文学賞をとったバリバリの小説家でもあります。本業はどっち?という今時つまらない憶測はやめて、マルチな才能を持つ人が建築の分野にも現れたと喜ぶべきなのでしょう。
お施主は共著の藤井誠二。この人もノンフィクションのライターという職能を持つ文化人。フリーランスという類型を抜けられず、世間は建設資金を出し惜しむという哀しい現実に直面します。土地費込みで1,500万の総資金で家は建つのか? 緊張の連続。

土地は定期借地権で10坪弱、設計料や建設以外の諸経費を引くと上限500万という目標値ができてしまった。丁度20年ほど前に「ハウス500プロジェクト」なるものが有ったのだが、泣かず飛ばずで終焉した記憶がある。実際、20年前でも500万で出来る住宅なんてイナバの物置並に素っ気なかったし、みすぼらしくて誰も買わなかった。それほど、現実離れした数字です。
普通の発想やシステムではとても解決できません。それは明白。

結局、セミ・セルフビルドの実験的手法と極限のシンプルな素材と生活様式の選択へと向かいます。それは反則だよ!と誰もが思うでしょうが、彼らは悩みの縁で苦渋の選択をし、それを楽しむという暴挙にでるのです。うーむ、ノンフィクションそのもの。
ほぼ総二階建ての33㎡、10坪の床面積。1階が土間コンクリートのLDKスペースに極省?水回り。2階は寝室兼プライベート空間でなんと床は仮設足場鋼板。それでも屋上に昇る鳩小屋(ガラス貼り)の美味しいおまけがあったりして、結構ひとり暮らしには贅沢。
法的な問題もあって、鉄骨のALCとガラスだけの建物になってとてもミニマルなインゴット風に仕上がってます。お見事。
巻末の工事費資料を読み解くと分かるのですが、細々した雑工事と大工工事は日給計算で現場管理も含めてひとりの専門家に任せています。気持ちの良い職人さんが居るものです。勿論、作業の頭数が足らない分は、設計者が講師を勤める大学の学生や知り合いの設計事務所の有志、勿論お施主さんも交えて弁当代だけで素人作業をしてもらってます。
所謂、人海戦術という反則技。致し方無いことであります。
僕は許しましょう。他人の好意に甘えると言うことの代償や後ろめたさや云々も含めて、それも大変なことなんです。
そう、家を建てると言うことは重労働で精神的にもボロボロになるものなんです。

鈴木隆之氏曰く
今の社会では、無意識のもとに根ざしている住宅という商品に対する幻想が存在する。
その現状を認識した上で……

「システム全体を変えることは不可能でも、そのシステムから逃れる試みを個別にしてゆくことは、できるはず……(中略)施主にしてみても、世の中の幻想に惑わされず、自分の生活感にしっかりとあった住宅を手に入れられる可能性が出てくる。このような個別の小さな試みから、やがてはシステムの変革に……(中略)正直言って、僕は建築業界が大きく変わっていくことなんか、ほとんど期待していません。(中略)ただ僕自身としては、機会ある限りこの個別の戦いを続けて行きたいと考えています。」

ひとりの建築家としての指向性が示されて、気持ちが良い。こんなスタンスで仕事ができたら楽しいに違いない。
実際、完成品は普通の感性で考えれば「住みやすい家」では到底あり得ません。でも、その作られて行く過程での紆余曲折を思い描ければ、やはり掛け替えのない「我が家」なのです。多少の雨漏りがあっても、苦笑いで済ませられるほどの「商品ではない建築」でもあります。住む人と建てる人達の感性が共有体験できれば、自前建築は可能なのを証明してくれました。

お薦め度:お金はないけど家は欲しいひとに、甘えではない社会性を育くむことを推奨しながら星4っつ。

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