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ナイン・ストーリーズ

ナイン・ストーリーズ:J.D.サリンジャー
新潮文庫:野崎孝 訳

今時なぜ? のサリンジャー。読書の秋にうってつけの問題作だからです。
1950年代の小説が斯くも長く語り告げられる不思議を、自ら感得する良い機会です。
こういった秀作の翻訳には問題も多く、作品によっては原作に似ても似つかないものになる可能性がある。直訳の読みづらい訳本は、作品の質を棚上げしてしまうにし、自分本位の意訳は、本質にほど遠くなって後で恨みを買う。この新潮社の野崎訳は、その意味でもとても原作に忠実で読みやすいものに仕上がってます。娘にブックオフで買ってやりました。

この有名でそれが故に謎の多い作家は、誰彼の口の端に登るので、読んだことのない人も読んだ気持ちにさせる、そんな悲しい運命の作家かも知れない。
人気絶頂期?に筆を折り、穏当生活に入ったことでも神格化されるほど、サリンジャーの「青春小説」は、青年期の放り出されたような疎外感を生のまま見せつけて、「どうよ!」と苦笑したまま去ってしまう転校生みたいに、甘酸っぱい記憶を引きずってます。
ところが、サリンジャーに本当の意味で嵌ってしまうのは、30歳を過ぎた時期であったりします。実際に、小説よりもリアルな「グラース家の人々」の物語は、どこかで現在の家族の在り方を考えさせたりする、大人の時間なのかも知れない。
本当に指折り数えるくらいの作品しか残さなかったサリンジャーを惜しむ気持ちと、作家として生きる人生の選択を放棄したひとりの人格に納得できるのも、30歳を過ぎたあたりかと思います。

入門書としてはやはりこの「ナイン・ストーリーズ」。「バナナフィッシュ……。」から始まる9つの短編集は、20もの作品から作者自身が取捨しただけあって秀逸です。
どの作品にも大人びた子供たちが出てきますが、どちらかというと和み系です。
それはその後の「大工よ、屋根の梁を高く上げよ」や「フラニー・ゾーイ」に語りつがれてゆくグラース家の人々の名前がちょこっと出てきて、あとで読み返すことになります。
若くして自殺する長兄「シーモア」を伝説に、個性ある兄弟たちはそれぞれの人生を歩みますが、長兄の存在を重く担っています。まるでそれは作家自身の、暗い過去のようで……。
面白いことにサリンジャーには日本通の処があります。仏教にもひどく感心のあることが、ちりばめられてます。もしかして、穏当生活の最終地は日本ではないかと疑ってるのは、僕だけでは無いかも知れません。

「ライ麦畑……。」もいいけど、サリンジャーらしさを体得するためには、永遠のグラース家物語の初出演?になるこの本を薦めます。

お薦め度:星4っつとお香セット

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